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【判例解説】金魚電話ボックス事件

著作権法が保護するのは「表現」であり「アイデア」でありません。しかし、「表現」は「アイデア」を具体化したものです。保護される「表現」と保護されない「アイデア」との境界はどこになるのか。

この記事では、この難しいテーマについて、参考となる高裁レベルの裁判例をご紹介します。

【金魚電話ボックス事件】

最高裁令和3年8月25日決定(上告不受理)

大阪高裁令和3年1月14日判決

奈良地裁令和1年7月11日判決

1.事案の概要

奈良県の商店街に設置されていた、公衆電話ボックス様の水槽に水を注ぎ、多数の赤い金魚を泳がせた作品(「被告作品」)が、原告の作品に酷似しているとして、被告作品の廃棄や制作の差止め、損害賠償等を求めて提訴がなされた事案です。

被告作品は、奈良県の学生グループが製作し、アートイベント等に出展していたもので、その後商店街が譲り受けて、喫茶店の外に設置していました。

本件提訴前に、原告から被告に対して著作権侵害をしているという申し入れがなされ、交渉が行われていました。

被告は「金魚の電話ボックスは原告が世界で初めて発表し,数多くの美術展で展示されてきました」などと記載された説明書を被告作品に掲示するなどしたのですが,結局交渉は決裂し、被告は,著作権侵害を否定しつつも,本件喫茶店から被告作品を撤去していました。

第一審の奈良地裁判決では請求が棄却されていましたが、大阪高裁判決においてこの判断が変更され、被告らに被告作品の廃棄と損害賠償が命じる判断がなされました。

最高裁への上告は不受理となったため、高裁判決が確定しています。

本判決の争点はいくつかありますが、裁判例等においても具体的な基準の定まっていない「アイデア」と「表現」の境界に関して判断がなされていますので、以下ご紹介します。

2.原告作品の著作物性

本判決は、

⑴ 原告作品の外観のうち本物の公衆電話ボックスと異なる部分を4つに整理し、

⑵ それぞれの特徴について個別に創作性の有無を検討した上で、

⑶ その結果を前提に原告作品全体について創作性を判断しました。

 以下⑴~⑶のそれぞれの内容について、詳しく説明します。

⑴ 外観上の特徴の整理                    

本件判決は、原告作品の特徴を次の4つに整理しました。

特徴①:電話ボックスの多くの部分に水が満たされていること

特徴②:電話ボックスの側面の4面とも全面アクリルガラスであること

特徴③:その水中に赤色の金魚が泳いでおり、その数は少なくて50匹、多くて150匹程度であること

特徴④:公衆電話機械の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話器から気泡が発生していること

⑵ 各特徴についての創作性の判断              

特徴① 電話ボックスの多くの部分に水が満たされていること

【結論】

①の点のみでは、創作性があるとはいい難い。

【理由】

電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したものといえるが、表現の選択の幅としては、入れる水の量をどの程度にするかということしかない。

そして、水の量が多いか少ないかに特に注意を向ける者が多くいるとは考えられないから、電話ボックスを水槽に見立てるというアイデアを表現する方法には広い選択の幅があるとはいえない。

 

特徴② 本物の公衆電話ボックスにある蝶番が存在しないこと

【結論】

創作性があるとはいえない。

【理由】

そもそも蝶番はそれほど目立つものではなく、公衆電話利用者もその存在をほとんど意識しない部分である。

 

特徴③ その水中に赤色の金魚が泳いでおり、その数は展示をするごとに変動するが、少なくて50匹、多くて150匹程度であること

【結論】

創作性があるとはいえない。

【理由】

公衆電話ボックスの中に金魚を泳がせるという斬新なアイデアを形にして表現したものである。

そして、金魚には様々な種類・色があって、それにより印象が変わるから、表現の幅があるといえる。

しかし、原告作品は、水中に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせたものであり、これは水槽である電話ボックスの大きさとの対比からすると、ありふれた数といえなくもなく、そこに原告の個性が発揮されているとみることは困難である。

 

特徴④ 公衆電話機械の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話器から気泡が発生していること

【結論】

この表現には原告の個性が発揮されている。(=創作性あり)

【理由】

普通は公衆電話機の受話器はハンガー部に掛かっているものであり、受話器が水中に浮いた状態で固定されていること自体が非日常的な情景を表現しているといえる。また、受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないことである。

そして、受話器がハンガー部から外れ水中に浮いた状態で、受話部から気泡が発生していることから、電話を掛け、電話先との間で、通話をしている状態がイメージされており、非日常的な情景を鑑賞者に強い印象を与える表現である。

 

【被告の主張に対する判断】

被告らは、金魚を泳がせるためには水中に空気を注入する必要があり、かつ、受話器は通気口によって空気が通る構造をしているから、受話器から気泡が発生するという表現は、電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせるというアイデアから必然的に生じる表現であると主張する。しかし、水槽に空気を注入する方法としてよく用いられるのは、水槽内にエアストーン(気泡発生装置)を設置することである。また、受話器は、受話部にしても送話部にしても、音声を通すためのものであり、空気を通す機能を果たすものではないから、そこから気泡が出ることによって、何らかの通話(意思の伝達)を想起させるという表現は、暗喩ともいうべきであり、決してありふれた表現ではない。

⑶ ⑵の個別の判断を前提とする原告作品全体についての判断

①と③の点のみでは創作性を認めることができないものの、①③に④の点を加えた表現において、原告作品は、その制作者である原告の個性が発揮されており、創作性がある。このような表現方法を含む1つの美術作品として、原告作品は著作物性を有するというべきであり、美術の著作物に該当する。

3.コメント

本件では、創作性の判断にあたり、「アイデア」とそれを具体化した「表現」との区別が問題になりました。

例えば、原告作品の特徴①について、本判決は、「電話ボックスを水槽に見立てる」こと自体は「斬新なアイデア」であるとしつつも、このアイデアを具体的に表現すると、誰でも同じ表現になる、すなわちアイデアの具体化のバリエーションが限られているから、創作性が認められないと判断しています。

なぜ「斬新なアイデア」に基づく表現なのに、創作性が認められないのでしょうか。

それは、著作権法が保護するのは具体的な「表現」であって、「アイデア」ではないという基本的な考え方があるからです(最判H13.6.28民集55巻4号837頁江差追分事件など)。

アイデアまで保護すると、人の頭の中にしかないはずのアイデアの独占を招いてしまいます。

そして、「表現の幅」は、アイデアを具体化するバリエーションがどのくらいあるか、を意味します。

したがって、いくら斬新なアイデアに基づく表現であっても、そのアイデアを具体化する表現方法が限られている場合には、“表現の幅がない”=“誰が表現しても同じ表現になる”から、創作性は認められないということになります。

そのため、基本的には、アイデアの内容が具体的に認定されるほど、表現の幅は狭まり 、アイデアが抽象的に認定されるほど表現の幅は広がるということになります。

例えば本件では、原告は、「水槽でないものを水槽化する、又は水槽でないものに水槽を組み込む」という、より抽象的なアイデアを設定し、このアイデアの表現方法は多様なものがありうるから、特徴①には創作性があると主張しました。アイデアをこのように設定した場合、水槽化する対象は限定されていませんからその対象の選択も自由ですし、「水槽化する」表現方法として、水の中に何を設置するか、泳がせるか、なども自由であって、このアイデアの表現方法は多数あるといえます。

一方で、被告は、「公衆電話ボックスの中に金魚を遊泳させる」という、より具体的なアイデアを設定し、このアイデアを具体化する表現方法は限定されていて、誰が表現しても同様の表現になるので、創作性はないと主張しました。アイデアをこのように設定した場合、具体化する際に選択肢があるのは、どんな金魚を何匹泳がせるかなどの点に限定され、創作性を発揮することのできる余地が狭いといえます。

このように、当事者(著作権侵害を主張する側・される側)がそれぞれ「アイデア」をどのように設定し、当事者の主張を踏まえて裁判所がどのように認定するかによって、そのアイデアを具体化するための表現の幅がどのくらいあるかが変わってきます。

そのため、保護される「表現」と保護されない「アイデア」との境界やその前提となる「アイデア」を当事者がどのように設定し、裁判所によってどのように認定されるかが重要になるのです。

もっとも、最終的に裁判所が「アイデア」をどのように認定するかについては、これまでの裁判例や学説等においても具体的な基準が定まっているとはいえず、当事者は引き続き模索することになります。本裁判例はこの点について判断をした高裁レベルの裁判例の1つとして参考になるものです。

私達は、知的財産分野に注力する弁護士として依頼者にとって最善の主張立証を尽くすべく、常に知財分野の最新の裁判例等をキャッチアップして参ります。

執筆者:弁護士 小山田桃々子

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