【弁護士による判例解説】従業員の長時間労働に起因する死亡によって名目的代表取締役は損害賠償責任を負うか?
取締役をはじめとする会社の役員等は、その職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います(会社法429条1項)。
もっとも、員数あわせなどのため、役員として名前を貸すことは承諾し、役員としての登記はするものの、業務執行に関わることが予定されていないいわゆる名目的取締役の例も少なくありません。
このような名目的取締役も通常の役員等と同じように第三者に生じた損害を賠償する責任を負うのでしょうか。
参考裁判例として、従業員の長時間労働に起因する死亡について、いわゆる名目的代表取締役の会社法429条1項に基づく損害賠償責任を肯定した裁判例をご紹介します(東京高等裁判所令和4年3月10日判決・判例時報2543・2544合併号75頁)。
事案の概要及び争点
本件は、株式会社であるY1の経営するレストランにおいて、調理担当者として勤務していた亡Aの相続人らが、亡AはY1における長時間の過重労働に起因する不整脈の発症(以下「本件発症」といいます。)により死亡した旨を主張し、Y1とY1の代表取締役として登記されていたY2に対し、損害賠償請求をした事案です。
そして、争点の1つが、名前だけを貸してY1の代表取締役として登記されていたにすぎないY2が、会社法429条1項に基づく責任を負うか否かです。
裁判所の判断
まず、Y2が名目的な代表取締役であるか否かについて、Y2は、Y1の設立に当たり名前を貸すように依頼を受けてこれを了承し、Y1の取締役及び代表取締役に就任する旨の登記がなされたものであり、Y1の経営に関与したり、役員の報酬を得たりしたことも一切なかった事実を根拠に肯定しました。
しかしながら、Y2は、上述の依頼内容について、Y1の役員になるのかもしれないとの認識を持ち、登記手続きのために印鑑登録証も貸したことが認められ、Y1の代表取締役の就任自体は有効に行われたものと認められ、名目的な代表取締役であることをもって、Y2がY1の代表取締役として第三者に対して負うべき一般的な善管注意義務を免れまたは軽減されるものではないというべきであるとしました。
そして、Y2は、Y1の代表取締役として、Y1の業務全般を執行するに当たり、Y1において従業員の労働時間が過度に長時間化するなどして従業員の業務が過重な状況に陥らないようにするため、従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し、必要に応じてこれを是正する措置を講ずべき善管注意義務を負っていたものというべきであるところ、Y2は、Y1の業務執行を一切行わず、亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったことから、会社法429条1項に基づく責任を負うとの判断をしました。
本件では、Y2は、自らの責任を否定する事情として、
① Y1が実質亡Gを中心として経営されており、Y2はY1に出資をしておらず、Y2は役員報酬を受け取っていなかった
② Y2は本件別店舗における板前の仕事を兼務しており、亡Aの労働時間を把握することができなかった
などと主張しましたが、裁判所は、
①については、Y1の内部的な事情にすぎず、株式会社制度の意義・構造及び代表取締役の法的地位に鑑み、そのことをもってY2がY1の代表取締役として従業員に対して負うべき善管注意義務の任務懈怠に係る法的責任の内容が左右されるものでない
②について、代表取締役の業務執行は、代表取締役として一般に要求される水準の善良な管理者の注意を尽くして行われるべきであり、多忙や別の仕事への従事又は他の者に任せていた等の個人的な事情によって直ちに注意義務が軽減されるものではない
と判断し、いずれも認めませんでした。
まとめ
今回の裁判例のように、いわゆる名目的取締役であっても、その職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うものと解されています。
旧法下では、会社の規模を問わず3名以上の取締役の選任が要求されていた(旧商法255条)ことから、員数合わせのために選任された名目的取締役の責任を問うことが酷であるという考慮が働いていた可能性もあります。
しかし、現行法においては、公開会社等ではない会社であれば、取締役会を設置する必要はなく、その場合、取締役は1名で足りることとされており(会社法326条1項)、個々の事案における諸般の事情に照らして重過失や相当因果関係の有無等について個別具体的に検討がされることにはなりますが、旧法下に比して厳しい判断がされる傾向にあることは否めません。
今回の裁判例では、Y2はY1と連帯して計約3750万円の支払いが命じられており、Y2にとって厳しい判断となりました。いわゆる名目的取締役としてであっても、安易な気持ちで就任を承諾すると、想定していなかった責任が発生することになりかねません。
こうした紛争を未然に防ぐためには、何よりも会社の実情に沿った機関設計をすることが必要不可欠です。そして、責任追及がなされた場合には、過去の裁判例も参考に、個別具体的な事情をふまえた主張を行う必要があります。
判断に迷われるものがございましたら、ぜひ一度私たちにご相談いただくことをお勧めします。
執筆者:弁護士 竹内まい
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