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【弁護士による判例解説】内部通報者を特定しようとした行為の違法性が認められた事例 (福岡地判令和3年10月22日)

内部通報者を特定しようとした行為の違法性が認められた事例

1 はじめに

コンプライアンスの重要性が叫ばれている昨今、社内に内部通報窓口を設ける企業も増えてきています。令和4年6月には、改正公益通報者保護法が施行され、常時使用する労働者の数が300人を超える事業者は、内部通報に適切に対応するための体制を整備することが義務付けられ、今後もコンプライアンスの重要性は高まっていくと思われます。

また、消費者庁の調査によると、企業内の不正発見の端緒の第1位は内部通報で、内部監査の約1.5倍にも上るそうです(「平成28年度 民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書」参照)。したがって、内部通報制度が適切に運用されると、自浄作用が働くきっかけとなり、コンプライアンス経営の推進に役立ち、ひいては企業価値の維持・向上が期待できると考えられます。

もっとも、中小企業においては、内部通報制度を導入していないところも多く、大企業を含め全体を見渡しても、その整備状況は様々なものとなっています。また、内部通報制度を導入したものの、制度設計や運用について詰めきれておらず、内部通報がなされた後の対応等を巡って紛争に発展してしまうこともあります。

今回紹介させていただく事案(福岡地判令和3年10月22日判時2534号81頁)では、社内で内部通報者を特定しようとする行為がなされてしまい、その違法性が問題となりました。

2 事案の概要(事実関係が複雑なので簡略化させていただきます)

⑴ 原告Xらは、従業員Aについて、パワハラ行為等のコンプライアンス違反があるとして、社内に設置されていた内部通報窓口に通報しました。この通報を受けて、会社は、コンプライアンス違反の有無について調査をしましたが、本件内部通報の一部については事実である可能性が高いとされたものの、事実関係の確定に至らず、Aは処分を受けないこととなりました。

⑵ さて、Aの父である被告Yも同じ会社に勤めていたところ、Yは人事評価等の権限を有しており、同社における人事に相当程度の影響力を有していました。Yは、上記権限をちらつかせながら、ときには脅迫的な文言も用いるなどして、内部通報者を特定しようとしました。例えば、Yは、Xらのうちの1人を個別に呼び出して、「俺が辞めた後でも、絶対潰す。絶対、どんなことがあっても潰す。やめさせるまではいくよ俺は。」などと述べて、内部通報者が誰であるかを打ち明けるように指示したりしていました。

⑶ Xらは、Yの一連の行為によって、内部通報者としての秘匿性が侵害され精神的苦痛を被ったとして、慰謝料を請求しました。

⑷ なお、本件内部通報制度に関しては、内部通報者の秘匿性が担保されており、内部通報者を特定する行為や通報者に対し不利益を与えるような行為をした者に対しては厳正に対処する旨が定められていました。また、Yは、会社から、内部通報者が誰であるかを特定するような行為をしてはならない旨の注意を受けていました。

3 裁判所の判断

内部通報制度の趣旨に照らして、人事評価等の権限を有するYが内部通報者を特定しようとする行為は違法であるとし、Xらの請求を一部認めました。

なお、YのXらへの言動は各々によって異なっていたため、違法性が認められたものとそうでないものがあり、慰謝料額には個人差がありました(2の⑵で述べた行為については違法性が認められました)。

4 本判決の実務上の影響

内部通報者を特定しようとした者に対して慰謝料が請求された事案は比較的少なく、慰謝料請求が一部認められたという意味において、実務上参考になるものと思われます。

本判決では、内部通報者を特定しようとした行為の違法性を判断するにあたって、本件内部通報制度の枠組み、Yの社内における地位、特定行為の態様、特定行為がなされた際の状況等について詳細に検討しており、事例判断としての側面が強いといえます。

したがって、今後も、内部通報者の特定行為の違法性が争点になった場合は、特定行為をした者の地位や特定行為の態様等の諸般の事情が考慮されることになると思われます。

なお、内部通報制度の適切な運用という観点からは、違法性が認められるか否かにかかわらず、正当な内部通報者を特定するような行為がなされないように制度設計することが重要だといえます。

5 小括 ~制度設計の重要性~

今回紹介させていただいた事案はやや極端なケースかもしれませんが、内部通報制度に対する現場の認識が不十分であること自体は珍しくないと思われます。このような状況では、内部通報を委縮してしまい、本来想定されていた自浄作用が十分に発揮されず、制度そのものが機能不全に陥ってしまうおそれがあります。

冒頭でも述べたとおり、内部通報制度は企業価値の維持・向上につながりますので、積極的に導入すべき制度であると思います。

しかし、適切な制度設計や運用がなされていないと、本件のように訴訟に発展するなどして、かえって混乱を招いてしまうリスクがあります。したがって、内部通報制度の導入・整備にあたっては、慎重を期すに越したことはありません。

内部通報制度の導入・整備に関しては、消費者庁が示しているガイドラインがありますが(overview_190628_0004.pdf (caa.go.jp))、ガイドラインを見るだけでは判断が難しいところもあるかと思われます。

内部通報制度の導入を検討されていたり、実際に運用するにあたってのお悩みなどがございましたら、ぜひ弊所までご相談ください。

(弁護士 吉田遼太)

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