【弁護士による判例解説】「男性が化粧をしていることを理由に就労を拒否できるか?」(大阪地裁令和2年7月20日決定)
会社が従業員の就労を正当な理由なく拒否し、それにより労働者が働くことができなくなった場合、会社は従業員が働くことができなかった期間の賃金について支払わなければなりません(民法536条2項本文)。会社による就労拒否にあたっては様々な理由が見受けられますが、就労時の身だしなみを理由に就労を拒否することは許されるのでしょうか。また、それが、性別を理由としたものである場合はどうでしょうか。
令和2年7月20日、化粧をして仕事をしていた性同一性障害(身体は男性、心は女性)の従業員(タクシー乗務員、X)に対し、化粧を理由に会社(Y)が就労を拒否した事案について、就労拒否には正当な理由が認められず、従業員が働けなかった期間の賃金の支払いを命じる裁判例が出ましたので、ご紹介します(大阪地方裁判所令和2年7月20日決定・判例タイムズ1433号168頁)。
【争点】
本件の主たる争点は、Xが化粧をした上で業務を行うことを理由にYがXの就労を拒否したことが、正当な理由のある就労拒否に当たるか否かでした。
【裁判所の判断】
大阪地方裁判所は、Yの就労拒否は「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項本文)によるものであるとし、Yの就労拒否は正当な理由のないものと判断しました。
まず、Yの就業規則には、従業員の身だしなみは乗客にとって不快感や違和感を与えるものとしてはならないという旨の規定があり、サービス業において、客に不快感を与えないためという規定の目的自体は正当なものとされましたが、規定の適用にあたっては業務上の必要性に基づく、合理的な内容の限度に止めなければならないとされました。
YはXが化粧して乗務することをXが男性であることを理由に禁止していた一方で女性乗務員が化粧をして乗務することは認めており、化粧につき生物学的な性別に基づいて異なる取扱いをしていました。この場合の必要性や合理性の存否は慎重になされなければならないとされました。
社会の現状として、眉を描き、口紅を塗るなどといった化粧をするのは、大多数が女性であるのに対し、化粧をする男性は少数にとどまっているものと考えられ、その背景には、化粧は主に女性が行う行為であるという社会観念が存在しているといえ、一般論として、サービス業において、客に不快感を与えないとの観点から、男性のみに対し、業務中に化粧をすることを禁止すること自体に、直ちに必要性や合理性が否定されるものではないと指摘しました。
しかしながら、性同一性障害を抱える者にとっては、外見を性自認上の性別に近づけることは「自然かつ当然の欲求」であって、性同一性障害を抱えるXに対しては女性乗務員と同等に化粧をすることを認める必要があり、今日の社会において、乗客の多くが性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず、Yが多様性を尊重しようとしてXが化粧をすることを認めたとしても、その結果として乗客から苦情が多く寄せられ、乗客が減少し、Yに経済的損失などの不利益を被るとも限らないから、Xに化粧をして乗務すること自体を禁止することには必要性も合理性も認められないと判断されました。
【まとめ】
今回は、就労時の身だしなみに対する制限について、化粧は主に女性が行うものであるという社会観念の存在を背景に、男性に対してのみ化粧を禁止することは一般論として許容されるとしつつも、性同一性障害を抱える者についてまで一律に男性と分類し、化粧を禁止することについて必要性も合理性もなく、Xに女性乗務員と同等の化粧をすることを認める必要があるとし、生物学的に男性・女性と分け、その分類に基づいた硬直的な取扱いをすることは違法であると判断しました。上記裁判例は、「性同一性障害を抱える者に対して社会が不寛容であるとは限らない」という性に対する多様性を尊重する今日の社会情勢を踏まえた点に特徴があります。
多様性が尊重される今日において、就業規則の定めが適法であったとしても、就業規則を機械的に適用することが認められるか否かは今後様々な場面で問題となることが予想されます。
そして、適用にあたってどのような配慮が必要か否かは、過去の裁判例等を踏まえた法的判断に加え、現在や今後の社会情勢にも注目する必要があります。「女性だからこうすべきだ」や「男性だからこうすべきだ」というこれまでの常識にとらわれた硬直的な判断は、時代遅れなものとなるだけでなく、法律に反した違法なものにもなりかねません。法律の適用も時代とともに変化していきます。就業規則の規定についてのご相談はもちろんのこと、就業規則の適用にあたって現在の社会情勢をも踏まえ具体的にどのように適用すべきかの可否についても、判断に迷われるものがございましたら、ぜひ一度私たちにご相談いただくことをお勧めします。
(弁護士 竹内まい)
京都総合法律事務所は、1976(昭和51)年の開所以来、京都で最初の「総合法律事務所」として、個人の皆さまからはもちろん、数多くの企業の皆さまからの幅広い分野にわたるご相談やご依頼に対応して参りました。経験豊富なベテランから元気あふれる若手まで総勢10名超の弁護士体制で、それぞれの持ち味を活かしたサポートをご提供いたします。