<No.11> 事務所報2007年度
弁護士より
昨3月にはドイツ表現主義のエルンスト・バルラハの彫刻を、7月には藤田嗣治展の中の戦争画をそれぞれ鑑賞し、戦争に思い巡らすことがありました。私の頭の中では、これまで昭和初期から太平洋戦争への急激な社会現象の変化は理解できないところがありましたが、現代の状況に照らすと十分に自分でも理解可能な現象のように思われてきました。弁護士生活40年目にもなった今年は、さて自分には何が出来るかをも考えてみたいと思います。
過日、京都弁護士会から招待状が届きました。在会35年を表彰するので、表彰・慶祝式と祝賀会に出席をと言うものでした。それには、迷うことなく欠席の返事を出しました。昔の35年にはそれなりの価値があったでしょうが、現在では、単なる通過点に過ぎないと思っているからです。ところで、次の慶祝・表彰の機会は、喜寿と在会50年です。その式典と祝賀会には参加したいと思います。ついては、凛として出席できるように、心身の鍛錬を、日々、倦まず続けたい。
昨秋、初めて法科大学院を卒業した司法試験合格者が出ました。研修を経て法律実務家になります。今後、社会に弁護士が随分と増えていきます。過疎地などで弁護士が増え必要なときに法的支援が受けられる日も近くなると思います。都会では弁護士間の競争が激化し、依頼者にどれだけ良いサービスが提供できるかが問われます。是非ご期待にこたえたいと思います。
ロースクール卒業生のための新司法試験や、独立行政法人「法テラス」に雇用される弁護士の誕生など、私たち法曹を取り巻く環境も変わってきました。 私自身は、そんな今こそもう一度原点に立ち返り、旧司法試験時代の「古い」弁護士として、自分に課せられた使命と役割を考えたいと思います。
気が付けば不惑の年を迎えました。とはいえ日々惑うことばかりです。一説によれば、不惑とは在るがままの自分を受け容れる心境に達することだという解釈もあるようですが、いずれにせよ自分には到達できていません。作家開高健は「悠々として急げ」を座右の銘としていました。40代も惑いはまだまだ続きそうですが、悠々として急ぐ気持ちだけは忘れずに日々過ごしていきたいと思います。
昨年セ界の覇権を奪回した落合ドラゴンズでしたが、またもや日本一の壁にはね返されてしまいました。京都弁護士会野球部も3年連続で予選突破の壁にはね返されていますので、今年こそはという決意です。昨年から投手に挑戦し、下半身強化と肩関節ストレッチの効果で約10kmの球速アップを実現しました。今年は、更に球速を上げ、制球力を磨くことが目標です。
かつてアメリカの著名な歌手が、「君の立場になれば君が正しい、僕の立場になれば僕が正しい。」と述べたことがあります。頭で理解して、口に出して言うことはたやすい一言ですが、その言わんとするところを汲み取って実践するとなると、なかなか難しいものです。その難しさを乗り越えた向こう側の笑顔を目指して、今年も頑張ります。
私事で恐縮ですが、昨年8月に長男が誕生しました。親バカだと言われるかも知れませんが、子どもは非常にかわいいもので、仕事から帰って子どもの顔を見ると、その日の疲れも吹き飛んでしまうような気がします。子どもが健やかに成長してくれるためにも、父親として頑張らなくちゃいけないなと思う今日この頃です。
長男の小学校入学を機に私も何か勉強してみようと思い、英会話学校に通い始めました。ブランクのため多くの単語・表現は忘却の彼方で、通勤時間を利用して英語学習CDを聞いていますが、思うように身につきません。記憶力の減退をひしひしと感じる今日この頃ですが、「継続は力なり」という言葉を信じ、がんばっていきたいと思います。
事務局より
今年は還暦を迎えることとなりました。60年の半分を事務所で過ごしたこととなります。長いような短いような30年。その間に起こった主要なこと -バブル景気の発生と収束- もう収束といっていいでしょう。 しかし、なにやら終わりは始まりのよう! 大学の講義科目にあった「景気循環論」を思い出しています。
今年は「亥年」。十二支の第12。国語辞典によりますと、猪は、突進すると方向転換ができない動物とのこと。むやみに敵を目がけて突進するだけで、頃合いをみて引き上げることのできない武士を批判を込めて「猪武者」と言うらしいです。見渡せば「猪政治家」をはじめ「猪○○○」らしき方々がちらほら……。亥年故に自重願いたいものです。
事務局員
京都総合法律事務所は、1976(昭和51)年の開所以来、京都で最初の「総合法律事務所」として、個人の皆さまからはもちろん、数多くの企業の皆さまからの幅広い分野にわたるご相談やご依頼に対応して参りました。経験豊富なベテランから元気あふれる若手まで総勢10名超の弁護士体制で、それぞれの持ち味を活かしたサポートをご提供いたします。