【弁護士による判例解説】契約社員と正社員との待遇差が不合理であるとされた事例(最判令和2年10月15日―日本郵便事件)
事案の概要
Y社では、郵便配達等の事務にあたる従業員として、無期雇用の正社員と期間雇用の契約社員とが働いていました。
郵便配達等の事務という仕事自体は、正社員と契約社員とで同程度のものもありましたが、正社員については、業務上の必要性により配置転換や職種転換があったり、役職者となりえることを前提に、組織全体への貢献を考慮した多くの観点からの評価が行われていました。
こうした区別があることを前提に、Y社では、
① 夏季休暇・冬季休暇
② 病気休暇の有給扱い
③ 年末年始勤務手当、年始期間の勤務に対する祝日給
④ 扶養手当
などの待遇について、正社員のみの制度としており、契約社員にはどれも与えられていませんでした。
こうした待遇差があることは、雇用期間に相違があることのみをもって、労働条件に不合理な区別を設けることを禁止した法律の定めに反するとして、Y社に対し、相次いで損害賠償請求がなされました。
実際の事件は、3つの個別事件であり、判決もそれぞれに示されていますが、考え方に共通する部分があるので、便宜上、まとめて取り扱います。
最高裁判例の概要
問題とされた、①夏季休暇・冬季休暇、②病気休暇の有給扱い、③年末年始勤務手当、年始期間の勤務に対する祝日給、④扶養手当の有無のいずれについても、次のような理由から、正社員と契約社員とで区別を設けることは不合理だと判断しました(判決文そのままの表現ではありません)
1 夏季休暇・冬季休暇について
① Y社の正社員に夏期冬期休暇が与えられているのは,年次有給休暇や病気休暇等とは別に,労働から離れる機会を与えることにより,心身の回復を図るという目的によるものといえる
② 夏期冬期休暇の取得の可否や日数は、正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない
③ Y社の契約社員も、業務の繁閑に関わらないで勤務が見込まれているのであるから、夏期冬期休暇を与える趣旨が妥当するので、契約社員にのみ、夏季休暇・冬期休暇を与えないのは不合理である
2 病気休暇の有給扱い
① Y社の正社員に有給の病気休暇が与えられているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、病気休暇も有給扱いとすることで生活保障を図って私傷病の療養に専念させ、継続的な雇用を確保するためであるといえる
② ある程度継続的な勤務が見込まれるのであれば、契約社員であっても、この趣旨は妥当するので、日数に相違を設けることはともかく、有給か無給かの区別を設けることは不合理である
3 年末年始勤務手当、年始期間の勤務に対する祝日給
① Y社の年末年始勤務手当は、年末年始の間に勤務したときに支給されるものであり、この期間が最繁忙期で、多くの労働者が休日として過ごしている期間に業務に従事したことに対し、その勤務の特殊性から支給される性質のものといえる
② また従事した業務の内容や難度等に関わらず、所定の期間に勤務したこと自体を支給要件とするもので、支給金額も勤務した時期と時間に応じて一律である
③ こうした年末年始勤務手当の性質、支給要件及び支給金額に照らせば、その趣旨は契約社員にも妥当するので、これを契約社員に与えないことは不合理である
④ Y社の年始期間の勤務に対する祝日給は、同期間に特別休暇が与えられている正社員が業務に従事した際の代償といえる。契約社員に対しては、最繁忙期であるこの期間の労働力の確保の観点から、同期間に特別休暇を与えないことは理由がある。しかし、繁忙期だけでなく、業務の繁閑にかかわらない勤務が見込まれる契約社員については、年始期間の勤務に代償として祝日給を与える趣旨は妥当するので、これを与えないことは不合理である
4 扶養手当
① Y社の扶養手当が正社員に支給されているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることで、継続的な雇用を確保するという目的によるものといえる
② この目的に照らせば,扶養親族があり、かつ、契約更新が繰り返されているなど、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するので、こうした契約社員に対して、扶養手当を支給しないのは不合理である
判決のポイント
正社員と非正規社員との待遇差をめぐる最高裁の判断としては、両者の間での職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲(いわゆる「人材活用の仕組み」)その他の事情をふまえ、賞与及び退職金について、契約社員に支給しないことが不合理ではないとされる場合があるとしたものがあります。
今回の判断でも、同じように郵便配達業務にあたっている正社員と非正規社員であっても、人材活用の仕組みが違っていることが前提とされており、賞与や退職金について区別を設けることが許される場合があるとした判断を前提にすると、一見、どの待遇差も不合理ではないという結論になりそうにも思えます。
しかし今回の判断では、正社員に与えられている問題となったそれぞれの待遇の趣旨は、契約社員にも当てはまるので、同じような待遇をしないことを不合理であるとされました。このように、待遇差が不合理かどうかについて、その待遇の趣旨を個別に考慮して判断すべきであるという考え方は、これまでも最高裁判例で示されていたものです(最判平成30年6月1日―長澤運輸事件)。
職務の内容や人材活用の仕組みが違っている正社員と非正規社員とで、賃金面での差異が生じることは、必ずしも不合理ではありません。しかし、職務の内容や人材活用の仕組みに関わらない待遇や賃金は、非正規社員だからという以外に区別をつける理由がなく、不合理な待遇差であると評価される可能性が高いといえます。
今回問題となったもののうち、夏季休暇・冬季休暇や病気休暇の有給扱いは、従業員の福利厚生的な側面が強いといえます。従業員の福利厚生は、職務の内容や人材活用の仕組みの違いにかかわらず、与えられる趣旨が同じように当てはまる場合が多いので、差異を設けることに合理的な理由は見いだしがたいといえます。
年末年始勤務手当や扶養手当は、福利厚生とは異なる賃金面での待遇差でしたが、支給の前提となる趣旨が「年末年始の勤務」「扶養家族の存在」という、職務の内容や人材活用の仕組みに関わらない目的により支給されるものであるため、やはり差異を設けることの合理的説明はしにくいといえます。
もっとも、扶養手当については、その賃金を生活の支えにしているからこそ、生活保障の趣旨が妥当するともいえるので、短期間しか雇用が予定されていない契約社員や、勤務時間が極めて短いパート社員については、今回の最高裁判例を前提にしても、支給しなかったとしても、当然に不合理な待遇差となるとはいえないと考えられます。
正社員と非正規社員との待遇差をめぐり、いくつかの最高裁の判例が示されましたが、いずれもケースバイケースであり、公式的な基準を示すことはとても難しいといえます。
待遇差が不合理であるとされる場合であっても、完全に同一の均等待遇が必要であるのか、バランスのとれた均衡待遇であれば足りるのかについても、どこまでどの程度の対処を要するかはそれぞれの待遇の趣旨をふまえて検討する必要があります。
中小企業にも2021年4月1日より、同一労働同一賃金を定めたパート有期法の適用がなされます。正社員と非正規社員との間で待遇差の適切な見直しは、判例の考え方を十分にふまえて行う必要がありますので、ご検討の際には、是非とも当事務所にご相談ください。
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